羨望の地の頂きで、開放の暮らしを手にする

先進と正統を結ぶ港区「高輪四丁目」
品川の奥座敷を手に入れる。

港区に「憧れの邸宅地」と呼ばれる場所が幾多あるなかで、JR山手線駅を最寄りとする本エリア。
進化するアクセス性と利便性を享受し、静謐と品格を纏う正統な邸宅地を暮らしの礎に。品川の奥座敷という不磨なる価値が、今ここに生まれます。

多くの名士から
愛されてきた場所
高輪は、江戸時代に参勤交代で訪れる諸藩の藩主の下屋敷(別荘)が置かれた場所として、栄華を誇ってきました。近代においても、高松宮、北白川宮、朝香宮などの宮家、また三菱財閥二代目総師であり日本銀行総裁も務めた岩崎弥之助などの実業家がこの地に邸宅を構え、その雅やかな地としての系譜は今も受け継がれています。
「日本赤十字」の創始者が
かつて邸を構えた地
「ブリリア高輪レフィール」が生まれる地一帯は、日本赤十字の創始者である佐野常民が居を構えたエリア。佐野常民は佐賀藩士として明治維新を駆け抜け、日本赤十字の設立や元老院議長・枢密顧問官を歴任するなど、近代日本の確立に多大に貢献した人物です。日本を代表する名士が愛した場所に、新たな上質の刻が紡がれていきます。

羨望の地の頂きで、開放の暮らしを手にする

港区「高輪4丁目」最高峰※1の標高約28m。
山の手の王道で、無二の開放を手にする。

安定した地盤の武蔵野台地の南端に位置
「ブリリア高輪レフィール」が誕生するのは、標高約28mという高輪4丁目の最高峰※1。南側は高層建造物が建たない第一種低層住居専用地域※2で、さらに東西になだらかに傾斜する住宅地のヒルトップ。古くから邸宅地として名高い高輪の中でも、開放的な眺望や豊かな陽光に恵まれた、真の山の手の系譜を纏う高台の地なのです。

邸宅を紡ぐにふさわしい
角地、三方接道

三方を道路に囲まれた丘の上、
陽当たりに恵まれた開放の私邸。
高輪4丁目の中でも、独立性が高く開放的な三方接道の立地。さらに、ゆとりのランドスケープを実現する、ボリューム感のある整形地。そんな静謐さと開放が融合する格別のレジデンスエリアに、無二の存在感を持った邸宅が生まれようとしています。正統なる品格を纏う、凛々しさと美しさ。高輪の丘に、新たな風景が紡がれていきます。

三方接道のメリット

メリット1開放感に優れた角立地

独立性・防犯性も高いと言われる開放的な角立地。三方がそれぞれ約8m~9.6mを確保し道路に面しているため、隣接した住宅との離隔が大きくより開放感のある立地となっています。

第一種低層居住専用地域

良好な住環境を守るため、建物の高さに制限が設けられています。
「低層住宅に係る良好な住居の環境を保護するため定める地域」と定義(都市計画法9条)され、良好な住環境を確保するため、建築物の高さが10m(または12m)以下に制限されている用途地域です。(建築基準法55条)

メリット2豊かな陽当たりを享受

建設地の南側が第一種低層居住専用地域※2に面している本物件。
高輪4丁目のヒルトップ※1に建設されること、また三方接道である上に南側に高い建物がたたないことで、恵まれた陽光を享受することができます。

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